滑走路探検隊滑走路調査(失われた滑走路)>長野飛行場

長野飛行場

長野県長野市川合新田〜大豆島(まめじま)
長野飛行場概要図平成2年まで存在していた長野飛行場。
県警ヘリの基地としても使われていました。

現在は、下の画像にもあるように、かなり市街地化しており、飛行場の面影は、市営川合新田団地内の道路が北東端の円形部分をなぞっているところだけです。


赤枠部分が長野飛行場として使用されていました。
北東部分は、旧陸軍が拡張した部分です。
川合新田団地にある滑走路円形部分をなぞる道路。

飛行場跡の大半は、倉庫、住宅となっています。
舗装滑走路部分を囲む形で道路があり、地図で確認するとかつて飛行場があったことが伺えます。
飛行場北東から南東を望む。

2003.1/2撮影
TRONさんの投稿より、転載
昭和12年(1937年) 8月 2日 長野飛行場建設許可が逓信省から下りる
昭和12年(1937年)10月18日 長野飛行場起工式
昭和13年(1938年)10月18日 長野飛行場竣工式
昭和14年(1939年) 3月28日 工事竣工認可および飛行場使用許可が逓信省から下りる
   名称:愛国長野飛行場
   設置目的:公共用
   経営者:長野市
   所有者:長野市
   総面積:24.804ha
   地形:東西600m×南北600m
   滑走路:625m×30m、コンクリート舗装
昭和14年(1939年) 7月15日 長野飛行場開港、東京と大阪から定期便が飛来
昭和14年(1939年) 7月26日 愛国飛行場を逓信省に献納することを長野市議会が決定
 その後、陸軍の飛行訓練や民間のグライダー訓練に使用されるが、昭和20年の敗戦後は長野市に返還され、滑走路とその付近を除いて農地として使用される。
昭和28年(1953年)  民間飛行場として復活
           その後「日本ヘリコプター会社」の運営下に入る
平成2年(1990年)  飛行場閉鎖

TRONさんが調査された資料を掲載出来ました。この場を借りて御礼申し上げます。
2002.8/16 up
[戻る]

トップに戻ります