北海道野付郡別海町にある、航空自衛隊計根別(けねべつ)飛行場は、かつて5つのも飛行場群を構成する飛行場の1つであった。
また別海フライトパークは、第一飛行場跡の誘導路部分を転用したものである。 |
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国土地理院地形図1:50,000「計根別」「幾春別」昭和19年を参考に作成しました。
掩体の数、場所についてはTRONさんよりご教示頂きました。
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歴史
旧陸軍は、1942年にまず第一飛行場を着工、(当初の滑走路は、点線矩形の1300mX300m)その後本土来襲時に被害を分散しつつ飛行場の機能維持を計るため、最終的には飛行場が5つも作られることになった。
各飛行場は連絡誘導路によって結ばれ随時移動することも可能であった。第五飛行場と第四飛行場との誘導路が湾曲しているのは、間に谷(河川)があり、地形に沿って勾配を避けたためである。 |
別海フライトパーク内に残る舗装誘導路
第一飛行場跡の、旧誘導路と旧格納庫を結ぶ接続誘導路の一部が別海フライトパーク内に残っています。
(滑走路はGLASS又は転圧 RWYだそうです。) |
別海フライトパーク格納庫
(TRONさんの投稿より)
格納庫部分もそのまま転用され8箇所確認できます。 |
第一飛行場跡の近くには有蓋掩体が3基程辛うじて残っているそうです。うち1基は半壊状態です。掩体の写真は、こちらへ。
(TRONさんのご教示より) |
航空自衛隊 計根別飛行場 滑走路
現在は、第四飛行場が空自計根別飛行場として滑走路を延長の上使用されています。
陸自別海駐屯地との間には柵があり、空自飛行場地区とは仕切られているそうです。(TRONさん投稿より) |
第五飛行場跡
そして第五飛行場跡は本来?の道路として使われています。 |
その他飛行場の現況
第二,三は跡地は農地などに転用され確認することは困難なようです。第ニ飛行場は板敷き、第三飛行場は金網敷き(注1)であった。第五飛行場は、転圧仕上げのみで、道路に見えるようにカモフラージュされていた。秘匿飛行場と呼ばれる。 |
| (注1) 金網敷きの滑走路は、滑走路の急造方法として鉄板敷きと共に開発された方法である。8号または10号の針金で金網を造り敷設した。敷設、補修が比較的楽であり実用的であったようです。対して鉄板敷きは資材不足からと、(被弾後に)修理に手間がかかるという点で殆ど普及しなかったようです。 |